大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 昭和45年(あ)1282号 決定

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人細谷芳郎の上告趣意一は、憲法三一条違反をいうが、実質は単なる法令違反の主張であり(道路交通法七五条所定の車両等の運行を直接管理する地位にある者が、当該業務に関し、車両等の運転者に対し無免許運転を教唆し、よつて被教唆者をして無免許運転をするに至らせた場合には、無免許運転教唆罪と道路交通法七五条所定の運行管理義務違反の罪とが成立し、両者は観念的競合の関係にあるとした原判決の判断は、相当である。)、同二は、単なる法令違反、事実誤認の主張であり、弁護人野村喜芳の上告趣意一は、憲法三九条後段違反をいうが、所論の点は二重起訴にあたらないとした原判決の判断は正当であるから、所論違憲の主張は前提を欠き、同二は、判例違反をいうが、所論引用の判例は事案を異にして本件に適切でなく、同三は、事実誤認、同四は、量刑不当の主張であつて、いずれも適法な上告理由にあたらない。

また、記録を調べても、刑訴法四一一条を適用すべきものとは認められない。

よつて、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。(天野武一 田中二郎 松本正雄 関根小郷)

転護人の上告趣意

一、原判決は憲法第三一条に違反する。

(一) 第一審判示第三の所為中運行を直接管理する者が無免許者に運転を命じた各所為に付道路交通法第七五条一項、第一一九条一項一二号、同判示事実中無免許運転を教唆した各所為に付同法第六四条、第一一八条一項一号、刑法第六一条一項を適用した上、判示第三の所為中車両等の運行管理義務違反の罪と無免許運転教唆の罪は各一個の行為で数個の罪名にふれる場合として刑法第五四条一項前段を適用し、原判決もそれをそのまま認容しているのである。

(二) 然し、道交法第七五条一項の運行管理義務者の無免許若しくは無資格者に対し自動車の運転を命じた場合、同法第一一九条一項一二号によつて処罰されることとなつているが、これはいわゆる無免許運転教唆の形態でありながら運行管理義務者の無免許運転の教唆のみで被教唆者が実行々為に至らない場合の規定であり、更に進んで被教唆者が実行々為の段階に移り無免許運転をなすに至つた場合、教唆者は道交法第六四条、第一一八条一項一号、刑法第六一条一項によつて処断され右前段の行為は当然右後段の行為に含まれるいわゆる吸収関係にたつか、あるいは前段が後段の補充関係にたつのであつて道交法第七五条の違反は成立しないものである。

(三) 若し一個の行為にして数個の罪名にふれる場合として観念的競合が成立するためには、その一個の行為が単に外観上だけでなく実質的に数個の罪名に触れるものでなければならない(一個の行為で数人を殺傷した場合の如し)。それを本件についてみるに、無免許者に運転を命じたという運行管理義務違反の罪と無免許運転教唆の罪とは何らその罪質を異にするものに非ず、数個の罪名に触れるような外観を呈するだけで実は何ら二重の法的評価を要するものでないばかりか、かかる法的評価としても全くの一個の行為とみられるのに二重に評価をすることは許さるべきものではない。

憲法第三一条はその内容として罪刑の法定が適正であること及び罪刑の均衡が要請されている。そして右罪刑法定主義の要請する罪刑の均衡は犯罪に対する社会倫理的評価をもとにするべきものであるが、若し前記の如く全くの一個の行為について二重に評価をなすが如きは右要請に反し、許されないものというべきで、結局原判決は憲法第三一条に違反するものである。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例